2010年06月03日

●自殺者のかなりの部分は「鬱病」である

 日本は「自殺大国」であるといわれます。直近5年間の自殺者数は次
のようになっています。
――――――――――――――――――――――――――――――――
          2005  32552人
          2006  32155人
          2007  33093人
          2008  32249人
          2009  32845人   
──警察庁統計資料
――――――――――――――――――――――――――――――――
 この統計を見せられると、どうしてこんなに大勢の人が自殺するのか
考え込んでしまいます。その背景に、借金、リストラ、倒産、病気、貧
困などがあるいう説明が付いていますが、鬱病に代表されるメンタルな
疾患に原因があるという視点が欠けています。
 つまり、この毎年3万2千人を超える自殺者のかなり大きな割合が、
鬱病という病気である可能性が高いのです。なぜなら、鬱病になると、
ごく軽い悩みでも深刻に考え込み、それが自殺に発展する可能性が高い
からです。
 命綱をつけずに高所で作業させ、もし転落死すれば、企業側の責任は
問われますが、鬱状態で激しい仕事をさせることは命綱なしに高所で作
業させるのと変わらないのです。
 鬱病になりやすい性格として、仕事熱心、几帳面、義務感・責任感が
強い生真面目、周囲の目を気にする、自責的などを前回上げましたが、
これらを総称して「執着性格」というのです。
 執着性格の人は社会や周囲に尽くす、大変望ましい性格ですが、この
性格を持つ人が鬱病にかかると、どうしても無理をしてしまうのです。
鬱病になるとエネルギーにブレーキがかかるのですが、そうして少なく
なったエネルギーで無理しても頑張ることになります。しかし、そうな
ると、思うような成果は出ないので、結局自分を責めてどうしようもな
いところに自分を追い込んでしまうのです。
 日本医師会認定開業医である門倉真人氏は鬱病になる一歩手前の状態
を「プチ欝」と呼んでいますが、その段階で自分が「プチ欝」であるこ
とを発見し、治療することによって、鬱病になるのを防ぐことができる
のです。

●「プチ鬱」をどのようにして発見するか

 疲れやすい、頭が痛い、食欲がない・・・こういう身体症状を訴えて
多くの場合、内科医の診察を受ける人は多いのです。こういう人たちの
10%は鬱病なのです。ちなみに内科で入院している人の15%は鬱病
ともいわれてしまうのです。
 しかし、検査をしても何も異常はないといわれてしまい、鬱病の患者
は精神科以外の診察科を受信するために、30〜50%が見逃されてし
まうのです。しかし、症状が治まらないので、最後は精神科にやってく
るのですが、そのときは、かなり重症化しているのです。
 そこで、門倉真人氏作成の「プチ鬱チェックリスト」をご紹介しまし
ょう。次の15項目をチェックしてみてください。
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   1.メールの返事がすぐに書けない
   2.電話をかけるのが億劫だ
   3.小さな仕事でも頼まれると気が重い
   4.知り合いを見かけても挨拶できない
   5.雑談に入ろうとしなくなる
   6.原因不明の頭痛、肩こり、胃痛、便秘などが続く
   7.人の中にいても孤立感を感じる
   8.楽しいはずのテレビや本を楽しく感じない
   9.人のアラ探しをしてしまう
  10.つい深酒をしてしまう
  11.昔の嫌な思い出を繰り返し考えてしまう
  12.決断力がなくなって何でも先延ばしする
  13.朝早く目覚めてしまう
  14.食事がおいしくない、楽しくない、楽しみではない
  15.眠っても疲れが取れない
 ─門倉真人著、『鬱のパワー/落ち込んだあとに3歩前進する方法』
                       講談社+α新書より
――――――――――――――――――――――――――――――――
 この判定は次の要領で行います。いくつぐらい該当しますか。
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     3〜 5 ・・・・・ 「プチ鬱」の可能性大
     6〜10 ・・・・・ 「プチ鬱」の状態
    11〜15 ・・・・・ 鬱病の可能性が大
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                     ―― [鬱の話/02]
posted by キーヘルス at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 鬱の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月10日

●プチ鬱は映画を観ることで治癒できる/推薦映画4点

 音楽や映画を鬱病の治療に使うことは、古くから精神科で行われてい
たのです。とくに映画は、現在ではDVDが安くなって昔の映画をふん
だんに見ることができるので、プチ鬱の人は大いに利用すべきです。
 しかし、注意しなければならないことは、映画の内容の選択を間違え
ないことです。アクション映画や残酷なシーンの多い映画は避けるべき
です。興奮する映画は、脳が快感物質のドーパミン優位の状態になりま
すが、一時的な快感のあとは、必ずリバウンドがあり、かえって落ち込
んだり、疲弊したりする恐れがあるのです。それよりも最後まで穏やか
な気持ちでいられるようなセロトニン優位になるような映画を選ぶべき
です。
 ドーパミンとセロトニン──鬱病については、これら2つの物質につ
いてよく知っておく必要があります。これら2つの物質をわかりやすく
伝える次の言葉があります。
――――――――――――――――――――――――――――――――
 宝くじが当たったとき:ドーパミンが増え、喜び、興奮します。満員
 電車に揺られているとき:ノルアドレナリンが増え、不快になります
 ・・・・・そんな、心の高ぶりを鎮め、「ほっと」落ち着かせ、安ら
 ぐ気持ちを作り出すのが「セロトニン」です。例えば、筋肉がほぐれ
 たり、いい匂いをかいだり、心地よい環境、食後のひととき・・・・
 セロトニンは分泌を増すことでノルアドレナリンの不快感を抑えてく
 れます。出すぎているノルアドレナリンの量を減らす働きがあるため
 ストレスがたまっているときに温泉に入ったりすると「あ〜」と強く
 癒されるのは、セロトニンが増え、高まっていたノルアドレナリンが
 一気に減らされるためです。また、セロトニンは出すぎたドーパミン
 を減らす働きも持っています。そのため、強まった快感が弱まり、落
 ち着くことで、「もう満足」と行動にブレーキがかかります。
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 門倉真人氏はプチ鬱を直すのに推薦できる映画を4つあげていますの
で、以下にご紹介します。
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 1.『アイ・アム・サム』/2001年
   監督:ジェシー・ネルソン/出演:ショーン・ベン、ダコダ・フ
   ァニングなど
 2.『ALWAYS/三丁目の夕日』/2005年
   監督:山崎貴/出演:吉岡秀隆、堤真一、薬師丸ひろ子、小雪な
   ど
 3.『ユナイテッド93』/2006年
   監督:ポール・グリーングラス/出演:ハリド・アブダラ、ポリ
   ー・アダムスなど
 4.『ポネット』/1996年
   監督:ジャック・ドワイヨン/出演:ヴィクトワール・ティヴィ
   ソル、マリー・トランティニャンなど
−―――――――――――――――――――――――――――――――

●鬱病になるとなぜ自殺者が増えるのか

 鬱病になると生きているのが嫌になり、自殺する人が多くなります。
どうしてそうなるのでしょうか。
 世界の大富豪ジョン・ロックフェラー氏は「災難に遭ってもめげずに
努力せよ」といっています。人生は失敗の連続ですが、失敗するたびに
学習してだんだん失敗しないようになります。それが努力です。
 学校の試験で良い点がとれないと、一層勉強しなければならないのに
勉強嫌いになる子供がいます。これは試験で失敗したことを受け入れら
れないためにそうなるのです。人生での失敗を受け入れられず、嫌にな
ってしまうと、人生そのものが嫌になります。それは生きるのが嫌にな
るという意味です。
 人生での失敗にはきちんとそれに向き合って受け入れ、さらに失敗し
ないよう学習し前向きに生きることです。それによって落ち込んだり、
傷ついたりすることは禁物です。門倉真人氏は、そういうときの対処法
について、次のように述べています。
――――――――――――――――――――――――――――――――
 失敗でいちいち落ち込んだり傷ついたりしていると、だんだんと生き
 るのが嫌になってしまいます。いったん起こってしまったことは受け
 入れて、そこから次の努力をスタートさせるしかありません。私たち
 にできることはそれだけでありそれだけがその後の結果を左右する。
 落ち込んだり傷ついたりしている暇はないのです。失敗を責め立てれ
 ば勉強も人生も嫌になります。失敗をごまかしたり、失敗から逃げろ
 といっているのではありません。失敗をきちんと反省し、問題を解決
 して、成長していくというプロセスをたどればいいのです。それは、
 勉強も人生も同じ。落ち込んだり傷ついたりするのは時間の無駄なの
 です。
 ──門倉真人著『鬱のパワー/落ち込んだあとに3歩前進する方法』
                       講談社+α新書より
――――――――――――――――――――――――――――――――
                     ―― [鬱の話/03]
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2010年06月17日

●心療内科と精神科──どちらを選ぶか

 最近メンタルクリニックを開業する医師が増えているそうです。患者が増えているからです。「心療内科」と看板に書いてある医院も多いのです。鬱ではないかなと思ったとき、いきなり病院の精神科に行く勇気のある人は少ないと思います。そういう人が心療内科に行くのです。あくまで自分は精神病じゃないと思っているからです。ところで、心療内科とは何でしょうか。精神科とどう違うのでしょうか。
 心療内科と精神科の区別がつかない人は多いと思います。ドクターさえ、その区別がつかないのですから、患者がわからないのは当然のことです。全国で80の医学部・医科大学があるのですが、講座があるのが西の方から、九州大学、鹿児島大学、関西医科大学、東京大学、東邦大学の5大学だけなのです。
 もっとも、近畿大学堺病院、日本大学、東北大学に診療科として心療内科はありますが、系統的に講義や臨床実習を行うことができるのは講座がないとできないのです。そのため、上記5大学を除くと、多くの医学生が心療内科の講義を一度も受けないまま心療内科の医師になる現状があるのです。
 1996年に厚生省(現厚生労働省)が「心療内科」を標榜として認可して以来、全国のクリニックや病院に2000をはるかに超える心療内科が標榜されたのです。しかし、その多くは精神科の先生です。そのため、さらに誤解が生じるのです。また、内科医でも心療内科を標榜できるので、心療内科医には専門的な知識や経験を持っていない人も多いのです。
 そういう意味もあって、門倉真人医師は、鬱病だと思ったら、躊躇わずに病院の精神科に行くべきであるといっています。専門医の診断を受ける必要があるからです。それに、精神科は軽症から重症まで幅広くメンタル疾患に対応できるので、どのような患者の受け入れも可能です。
 「鬱病」と「心身症」とはどこが違うのでしょうか。
 その区別は非常に難しいのです。なぜなら、その初期段階は、どちらの疾患も漠然とした意欲低下や不安感があるので、慎重に鑑別しないと両者を取り違える恐れがあります。
 鬱病には「抑鬱気分」があることが診断のさいの必要な症状のひとつになっています。しかし健康な人でも気分が落ち込むことはよくあり、病的なものか否かの判断は次の2つの症状の有無で判断するのです。
――――――――――――――――――――――――――――――――
       1.強い自覚的苦痛があるかどうか
       2.社会生活に支障をきたしている
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●抑鬱気分が朝に起きるとプチ鬱である

 もっとも鬱病になりやすいのは朝なのです。「抑鬱気分」がいつ起きるかによってひとつの診断ができるのです。抑鬱気分は朝に起きやすいのです。つまり抑鬱気分は朝がもっとも悪く、夜になるにつれて良くなることが知られているのです。しかし、鬱病が治ってくると気分が良くなる時間が夜ではなくしだいに朝に近付いてくるのです。気分が良くなる時間が朝になると、それは鬱病が治ったことを意味しているのです。
 鬱病と睡眠の関係ですが、中途覚醒や早朝覚醒で、十分な睡眠がとれないまま、最悪の気分で早朝に目覚めてしまうのです。こういうときは「死んでしまいたい」と考えることも多いといわれます。
 これまでの人生においてあなたは、成功したことと、失敗したこととはどちらが多いと思いますか。
 この場合、成功したことが多いと答える人は加点主義、失敗が多いと考える人は減点主義です。例外はありますが、一般的に成功よりも失敗の方が多いと考えます。減点主義に立つとどうなるかについて、門倉真人医師は次のように述べています。
――――――――――――――――――――――――――――――――
 減点主義の人は、朝起きたときに「ああ、今日も失敗しないように、
 面倒なことにはなるべく関わらないようにしよう」と考えます。そし
 て、朝は「プチ鬱」になりやすい時間帯。鬱病が治っても、起床直後
 からしばらくの間は何となく暗い気持ちになるという患者さんはたく
 さんいるのです。一日のスタートを切る大切な朝に、「プチ鬱」と減
 点主義の相乗効果によって、「今日も辛い一日がまた始まった」と暗
 い気持ちに拍車がかかるのです。
 ──門倉真人著『鬱のパワー/落ち込んだあとに3歩前進する方法』
                       講談社+α新書より
――――――――――――――――――――――――――――――――
 減点主義で自己評価している人は、必ず自己嫌悪に陥ります。減点主義で評価されると、自分を否定されていると感ずるのです。完全な人間なんていないので、減点の対象を探せばいくらでもあるのです。それをいちいち自己評価していると、誰でも自己嫌悪に陥ってしまうのです。
 自己嫌悪に陥っても減点主義評価を変えないと、プチ鬱の状態になっていくのです。それでは、加点主義に変えればよいのかというと、そう簡単な話でもないのです。失敗を反省して成功に結び付ける気持ちを持つことが一番大切なのです。        ―― [鬱の話/04]
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2010年06月24日

●高橋尚子さんの述懐

 日本人はじめての、オリンピック陸上競技での金メダリストである高橋尚子さんは引退したいま、次のように述懐しています。
――――――――――――――――――――――――――――――――
 今まで頑張ることは簡単だと思っていた。頑張れば結果がついてくる
 んだって信じてた。でも、頑張ろうと思っても頑張れないときもある
 んだ。頑張っても報われないこともあるんだと知りました。頑張れば
 いいんだよ、といっていた自分が恥ずかしい。
門倉真人著、『鬱のパワー/落ち込んだあとに3歩前進する方法』
                      講談社+α新書より
――――――――――――――――――――――――――――――――
 ポジティブ・シンキングという思考法があります。しかし、ポジティブに考えるには相当のエネルギーがいるのです。しかし、人間は生身であり、いつも前向きに気を張っていることはできないのです。
 高橋尚子さんは本当に人にいえないほどの努力をして、オリンピックで金メタルを取ったのです。ですから、次も同じように、いやもっと頑張れば再び金メダルも夢ではないと、ポジティブに考えて、激しい訓練を積み重ねてきたのですが、彼女は二度と世界の檜舞台に立つことはできなかったのです。
 高橋選手ほどの名選手でも、頑張っても結果が出ないことはあるのです。そういうときは、結果が出ないのは頑張りが足りないからだとは考えず、それを受け入れればよいのです。「頑張りが足りないからだ」と考えるのは、本人がそう思っていなくても、自信過剰になっているのです。
 頑張っても結果の出ないことはいくらでもある──そういうときは、それを認め、受け入れることが大切なのです。そしてそんなときでも、なんとかやりくりして、その状況を切り抜けていく必要があるのです。
 鬱病の人を激励してはいけないというのは、そのことをいっているのです。人間というものは、強く意識しないまでも、自分はこうあるべきだという目標を持っています。しかし、その目標が守れないことがよくあります。そういうとき、アバウトな人は「仕方がない」と簡単にあきらめてしまいますが、真面目な人は深刻に考え込んでしまうのです。それもギリギリまで努力して何とかしようとするものです。そうして鬱病になってしまうのです。
 大切なことは、もっと頑張ることではなく、頑張りどころや頑張り方を見直すことが大切なのです。頑張れると思うときに、いや、ここぞと思うときに頑張るというエネルギー配分が必要なのです。

●最大限頑張るのではなく、最小限何をするか見極める

 自分がやりたくないと思うことをやらされると人間は「辛い」と思いますが好きなことは長時間やっても疲れないものです。この場合、「辛い」と思うことをやらなければならないときは、そこに楽しさを見出す努力をしてみる必要があります。
 これに関して、門倉真人先生は次のように述べています。エネルギーには限りがあり、それを上手に配分することが大切だというのです。
――――――――――――――――――――――――――――――――
 一般的には頑張れば成功すると考えられています。しかし、成功した
 人のプロセスを見ると、好きなことを一生懸命やっているうちに成功
 してしまっているケースが多いことに気づくでしょう。何かを一生懸
 命にやっても、それを努力とか苦労とか思わずに、ただ面白いから、
 好きだからと、楽しんで夢中になってやっているうちに成功してしま
 う。周囲からは頑張っているように見えていても、じつは楽しんでや
 っていただけというときにこそ成功するものなのです。辛いことや嫌
 なことを我慢してやったから成功したわけではありません。苦しんで
 頑張った人というのは、意外に報われないものです。
 なぜなら、苦しむこと自体に多くのエネルギーを無駄遣いしてしまう
 からです。            ──門倉真人著の前掲書より
――――――――――――――――――――――――――――――――
 「プチ鬱」の状態は、本人がそうと気がつかないうちになっていることがあります。問題はどんなときにそうなるかです。一般的に「仕事」には相手がいて、締め切りというものが必ずあります。つまり、時間も労力も限られているのです。もし、締め切りもなく、いくらでも時間や労力が使えるとしたら、それは仕事ではなく、個人的趣味ということになります。
 仕事をやり遂げるためには、自分として最小限何をすればよいかを考えることが必要です。時間と労力を無駄遣いせず、何をやるかを考えるべきです。しかし、その締め切りに耐えられない人はたくさんいます。できない目標を何とかしようとすると、最大限できることをやるべきだと考えてしまうのです。それは一種の強迫観念になって自分を襲い、それが原因でかえって締め切りに間に合わない結果に終わることが多いです。
 この段階で既に「プチ鬱」なのですが、できなかった自分を責め続けて、本当の鬱病になってしまうケースが多いのです。そういうときは、頑張らなければという強迫観念から自分を開放して、最小限何をすればよいかを見極めることが大切なのです。そしてそれを達成した時点で自分を認めてあげる、そうすればもっと大きなこともできるようになります。                   ―― [鬱の話/05]
posted by キーヘルス at 01:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 鬱の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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