という本があります。この中で、五木寛之氏が「鬱」について面白いこ
とをいっているので、ご紹介しましょう。
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僕は「鬱」の問題を、個人の人格的な危機や、短期的な社会現象とし
て捉えるべきではないと考えています。むしろ20世紀後半から21
世紀はじめにかけて、社会全体の流れが「躁」から「鬱」へと転じて
きたという。長いスパンで捉えたいんですよ。
──五木寛之/香山リカ共著 『鬱の力』/幻冬舎新書088
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敗戦後、日本にはモノはなく、生きて行くのが大変な時代だったので
すが、前途に希望があったのです。これから平和国家、民主主義の時代
になるという希望というか、夢があったので心は爽やかだったのです。
昭和20年代には古橋広之進が水泳の世界記録をいくつも作り、日本
中が沸き返ったのです。そして昭和39年(1964年)には東京オリ
ンピック、昭和45年(1970年)には大阪で万国博覧会があり、時
代そのものが「躁」だったのです。これが戦後から約半世紀続いたので
す。
そういう「躁の時代」から10年の空白期をはさんで現在は「鬱の時
代」になっているのです。躁の時代が半世紀かかっているので、鬱の時
代も半世紀かかるはずです。ということは、この時代を生きるわれわれ
は、多かれ少なかれ「鬱な気分」になるものです。
しかし、この「鬱な気分」は「鬱病」ではないのです。ここまで「プ
チ鬱」という言葉を使ってきましたが、「鬱な気分」は「プチ欝」その
ものです。多くの人が「プチ鬱」になりうる時代なのです。問題は、そ
の「プチ鬱」が本物の「鬱病」に発展する恐れがあることですが、そう
ならないために、鬱の時代を生きる哲学を持つべきである──このよう
に、五木寛之氏はいうのです。
昔は、鬱病の罹患率は人口比で大体1%〜3%だったのですが、生涯
有病率といって一生の内に1回鬱病になる率が15%になっています。
鬱病は若い人にも拡大しているのです。
この場合、「鬱病」と「鬱な気分」は分けて考えるべきです。香山リ
カ氏は「心の健康には坑鬱剤に頼るよりも、自分の内面に向き合う方が
有効である」といっています。
2007年のことですが、精神科医が小学5年生から中学1年生の対
面調査をしたら、調査をした何百人かのグループの7・4%が精神科医
から見ると、鬱病という診断にあてはまりました。とりわけ中学一年生
は、10・7%があてはまるという結果が出ています。若い人に拡大し
ています。
●統合失調症が減って鬱病が激増している
五木博之氏は、戦争の形態もかつての「躁の戦争」から「鬱の戦争」
に変わってきているといっています。「熱い戦争」から「冷たい戦争」
という時代もありましたが、この場合は戦争を起こす国家ははっきりし
ていたのです。
しかし、これがテロになると、国という単位ではなく、明確でない団
体やグループが起こしており、守る方としては困惑をきわめます。誰を
相手にどのように守ってよいかわからないし、相手がわからなければ反
撃のしようもないからです。そういう意味で、テロはまさしく「鬱の戦
争」そのものであるということができます。
香山リカ氏は、精神医療の世界でも、ちょうどそれと同じことが起こ
っているとして次のように述べています。
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精神医療で起きていることも同じです。いま精神医療の世界では、統
合失調症の重症例が激減しています。かつては統合失調症といえば、
「異常」の象徴みたいなイメージがあった。でも、いまやそれは数的
にも減っているし、統合失調症の代表的な症状である妄想自体も、日
常のなかに埋没してしまうような、ちょっとした不信感とか猫疑心み
たいなものになっている。そうしたなかで、精神科医はいったいなに
を敵として闘っていいかが、わからなくなっているんです。
──五木寛之/香山リカ共著 『鬱の力』/幻冬舎新書088
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統合失調症が激減したのは、リタニンという向精神薬のせいでもあり
ます。この薬はちょっと気分が沈んでいるという程度の人が飲んでも劇
的に効くのです。したがって、精神科医が扱うと、統合失調症は軽減で
きるのです。
昔は若い人に統合失調症が多くて、初老の人に欝病が多かったのです
が、今は上記のように10代や20代の人に鬱病は多くなっているので
す。
しかし、リタニンは、カフェインと覚醒剤の中間ぐらいの薬であり、
かなり強い依存性があるのです。購入するには医師の処方が必要ですが
ネットでも購入できるので、簡単に手に入るのです。リタニンの消費量
は年間38万錠といわれており、もの凄い量が消費されているのです。
しかし、この薬を鬱病に使うのは慎重にする必要があるといわれます。
―― [鬱の話/06]