ことが起きるということを述べました。この共感力と切り替え力をつか
さどるのが、セロトニン神経なのです。
有田秀穂先生は、「共感」という側面から最も重要なこととして、次
の3つのことを上げています。
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1. 涙を流す
2.呼吸を合わせる
3. グルーミング
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第1は「涙を流す」です。今回は涙について考えます。「涙」という
のは、目の涙腺から分泌される体液です。眼球の保護がその主な役割で
す。こういってしまうと身も蓋もないのですが、有田秀穂先生によると
涙には3つの種類があるというのです。
一つは、目が乾くのを防ぐ「基礎分泌」の涙です。
最近ドライアイの患者が増えているそうですが、それはPCの画面の
見過ぎで、基礎分泌の涙が足りなくなった現象であるといわれます。
二つは、目に入った異物を流し出す「反射の涙」です。
これは自分の意思に関係なく、反射的に起きる現象であり、これも眼
球を保護するためのものといってよいでしょう。
三つは、悲しいときや感動したときに出る「情動の涙」です。
情動とは、笑ったり泣いたりすることのように、人間が持っている独
特の心の動きをいう言葉です。そういう情動によって出る涙が情動の涙
です。
これら3つの涙のうち「情動の涙」は、感情の高ぶりによって出るも
のであり、人間しか出ないものなのです。そしてこれは、前頭前野に深
く関係しているのです。それでは、情動の涙はどのようにして出るので
しょうか。
●ウイリアム・フレイの実験
感情が高ぶったときに、人はなぜ涙を流すのでしょうか。その研究を
した人がいます。生化学者のウイリアム・フレイ二世です。彼は涙は感
情的緊張によって生じた化学物質を体外へと除去する役割があるのだろ
う、という仮説を立てたのです。
ウイリアム・フレイはその仮説を検証するために実験をしたのです。
実験の内容としては、次の2つの種類の涙を採取してその成分を比較し
たのです。
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1.涙を誘う映画を見せて収集した涙
2.同人に玉ねぎをむかせ収集した涙
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ウイリアム・フレイは、自らも被験者になってやってみたのです。8
0人あまりの被験者の涙の比較は、感情による涙は、刺激による涙より
も、より高濃度のタンパク質を含んでいるということを示していたので
す。フレイはその実験内容を含む著書を1985年に出版しています。
●「情動の涙」を流すことは脳にプラスである
大人になると、めったに人前で涙を見せることはなくなります。悔し
涙や悲しみの涙であっても流せなくなります。しかし、これはストレス
を貯めることになるのです。
これに対し、映画や良いドラマを見て自然に流れる涙──これこそ情
動の涙なのです。この情動の涙はストレスや自我というものを通り越し
相手に関する共感によって流す涙なのです。有田秀穂先生は次のように
いいます。
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「情動の涙」は、前頭前野が発達した大人になってはじめて流せるも
のであり、幼い子どもには流すことができません。なぜなら、この涙
の根本にあるのは「他者への共感」だからです。さまざまな人生経験
を積むことによって銀幕やテレビ画面の向こうにいる人間の心境を思
いやることができるようになるのです。
──有田秀穂著『ストレスに強い脳、弱い脳』/青春新書
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医学的にいうと、涙が出る直前の状態というのは、交感神経が高まっ
て興奮状態にあるのです。そして涙が出た瞬間、一気に副交感神経に切
り替わるのでその落差は大きいのです。脳がこの状態になると、しばら
くは元に戻れない状態になるといいます。
こういう場合は、なるべく涙を流す方がよいのです。もし、涙を流す
まいとして我慢したり、涙が出そうな寸前で終わらせると、交感神経が
高まっているのをストップしてしまうわけで、これはストレスとなり、
脳にとってはマイナスの影響が出てしまうことになります。有田先生は
自然に涙の出る映画や、ドラマのDVDを集めてときどき見ているそう
です。 ──[ストレスと脳の話/09]