逆に女性が認知症になるケースで多いのは、何らかの事情で毎日の料理をしなくなったケースです。息子が結婚してお嫁さんがやってきて、料理をするようになる――この場合、料理をしなくなった母親は、少しずつ認知症の症状があらわれ、やがて料理ができなくなってしまうといいます。
料理はさまざまな情報処理を行って仕上げる知的な作業なのです。主婦の多くはスーパーに行き、その日の特売品を見たとたんに夕食の献立を決めるといわれます。特売品の食材を中心にして献立に必要な食材を買い整えるのですがその時点から料理ははじまっているのです。
そして実際の料理は、複数の調理をガスコンロの数や出来上りの時間を考慮しながら、順序良く素早く行うなどのかなり複雑な作業が要求されます。こういうとき、脳の前頭前野が大活躍するのです。つまり、料理は非常に脳を活性化させる作業なのです。
こういうケースもあります。脳腫瘍のため、右前頭連合野を取り除く手術を受けた女性がいるのですが、彼女は、手術前にはできていた料理が、術後はできなくなってしまったといいます。この女性は、行動のプログラミングを担う前頭連合野を切除したために、料理ができなくなったのです。このように料理と脳の前頭前野の働きには密接な関係があるのです。
それに加えて、料理をするとき誰でもおいしいものを作ろうとします。そのため狙い通りの料理に仕上がった場合は、その達成感がドパーミンの分泌をもたらし、脳の活性化を一層促進するのです。ある脳科学者は、脳の活性化に関して、次のようにいっています。
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脳というものは、創造的な活動をしているときに最も活性化する。それは日常の行為でいえば、人を喜ばそうと努力しているときである。
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確かに料理をする人には、何とかおいしいものを作って、食べる人を喜ばせようとする気持ちがあります。そういう気持ちをこめて料理をすると、一層脳の活性化を促進するのです。
●「おいしいものを食べる」は脳活性化のポイントである
料理をすることを習慣づけると脳の機能がアップすることを東北大の脳科学部と大阪ガスの共同研究チームが調査をしています。この研究でも料理をしているときに、脳の前頭前野が活発に働いていることがわかっています。
前頭前野とは大脳の一部で、おでこのすぐ内側にあります。ここは思考や感情をコントロールしたり、いろいろな情報を統合して判断したり、人間の知的活動の中枢で「脳の中の脳」と呼ばれています。この前頭前野の機能を保つことが、認知症予防などにも重要だとされているのです。
料理においては、そのすべてのステップにおいて脳が活発に動いていることが確かめられています。
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1.特定食材を中心に献立を考える
2.献立に必要な食材を全部揃える
3.野菜を切るなど準備を実施する
4.複数調理を同時平行に実施する
5.料理を盛り付けて食卓に並べる
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このように料理をするプロセスにおいては判断力や計画性、調理の順序や仕上がりを美しくする工夫など、脳の前頭前野をフル回転させているのです。このような実験結果から、お年寄りに料理をさせることによって、脳を活性化できないかという仮説を実証する実験が行われたのです。
この実験では、59歳から81歳の料理経験のない男性が料理講習会に参加し、自宅でも1日15分以上週に5回以上、料理をするという宿題を3カ月にわたってやってもらったのです。その結果、何もしていない人には変化がありませんでしたが、料理をしていた人たちには前頭前野の機能が明らかにアップするという結果が出たのです。
この実験に参加したお年寄りたちに感想を聞いたところ、料理がとても楽しいこと、成功不成功にかかわらず、料理が完成したときに深い達成感が味わえること、そして何よりも作った料理を全員で試食するのが一番楽しいという意見が寄せられたのです。
料理はそれを作る人も食べる人の脳もともに活性化させるのです。なぜならもともと「おいしいものを食べる」ことは、脳の働きを活性化させる第1のポイントであるからです。脳の活性化の方法はいろいろありますが、それが継続して長く実施できるものを選ぶべきです。「おいしいものを食べる」というのであれば誰でもそれを継続して実施できるのです。 以上