滋賀医科大学の上島弘嗣教授を中心として行われた「NIPPON研究」という調査があります。この調査は、1980年に国民栄養調査の対象になった人を14年間にわたって追跡調査したものであり、血圧の降圧剤と健康との関係を知る貴重なデータになっています。
この調査の特徴は、死亡率を調べるだけでなく、人の助けを借りずに身の回りのことができるかどうかの「自立者」の割合の調べている点にあります。自立度を調べた調査は他にないのです。
調査は、最高血圧と最小血圧の両方調べていますが、ここでは最小血圧の調査結果についてご紹介します。なお、死亡者は「非自立者」に含まれます。
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≪最小血圧と自立者の割合/男女合計≫
最小血圧 降圧剤なし 降圧剤使用
≦69 60% 18%
7O〜 79 68% 45%
80〜 89 68% 50%
90〜 99 70% 5O%
100〜109 65% 55%
110≦ 55% 45%
――浜六郎著、『高血圧は薬で下げるな』より
角川ONEテーマ21
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降圧剤を飲んでいない人については、最小血圧が70〜109までの自立度はほとんど変化はないといえます。さすがに110を超えると自立度は少し低くなりますが、それでも55%です。しかし、降圧剤を飲んでいる人は、飲んでいない人に比べて軒並み自立度は低いのです。これは驚くべきことです。
降圧剤を飲んでいる人の中で一番自立度が高かったのは、最小血圧を100〜109程度に緩やかにコントロールしていた人たちですが、その自立度は降圧剤を飲まないで最小血圧が11O以上の人たちと同じなのです。全般的に見て降圧剤を飲まないケースの方が自立度は高くなっています。
高齢者社会において、健康を考えるとき、自立できるかどうかは大きな意味を持っています。いくら長生きしても自立できなければ、かえって不幸であり人に迷惑をかけてしまいます。高血圧と診断されて降圧剤を飲んでいる人はあくまで自立できる状態で長生きしたいと考えて飲んでいるのです。
しかし、NIPPON研究では、降圧剤自体が自立度を引き下げているというデータが出ているのです。これでは降圧剤を飲む意義がありません。なお、最高血圧でも同じ結果が出ているのです。
●高齢になってからの降圧剤使用は慎重に
NIPPON研究のデータには、最小血圧と自立度のデータを年齢別に調べたものがあります。「降圧剤なし」と「降圧剤使用」に分けていますが、最小血圧別に示されている2つの数字は、最初の数字は60歳、/のあとの数字は70歳――これらはいずれも調査開始時の年齢であり、結果はその14年後の自立度(%)をあらわしています。
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最小血圧 降圧剤なし 降圧剤使用
≦69 80/65% 50/20%
7O〜 79 85/63% 95/43%
80〜 89 85/58% 75/50%
90〜 99 88/60% 72/5O%
100〜109 80/45% 68/52%
110≦ 78/32% 65/28%
A /B %―A60歳/B70歳
――浜六郎著の前掲書より
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60歳(60歳までの人と考えてよい)の場合、最小血圧が1OO以上の人の方が、降圧剤で100以下に下げた場合よりも自立度は高くなっています。そしてほとんどの血圧区分において、降圧剤を飲まないケースの自立度が高くなっていることに留意すべきです。14年後の自立率が高いということは、高齢になっても元気に何でもできる状態であることを意味しています。
7O歳の場合も、99までの血圧区分において「降圧剤なし」の自立度が高くなっています。100〜109については降圧剤使用の方が高くなっていますが、全般的に考えて降圧剤を飲むかどうかは熟慮が肝要です。
NIPPON研究のデータを見る限り、2000年以降の血圧治療の新ガイドラインには明らかに妥当性がないことがわかると思います。年齢が若く、旧来の基準――160/95以上を大幅に上回る場合は別として、60歳近くになってからの降圧剤の使用は、NIPPON研究のデータを見る限りは考えものです。したがって、血圧治療で降圧剤の使用を医師から勧められたとき、自らよく研究したうえ決断する必要がありそうです。