中高年齢層から老年層の健康上の議論で必ず話題の中心になるのは、生活習慣病です。糖尿病、脳卒中、心臓病、高脂血症などがそうです。ところで、これらの病気は、なぜ、生活習慣病といわれるのでしょうか。
生活習慣病というのは、毎日の良くない生活習慣の積み重ねによって引き起こされる病気で、日本人の3分の2近くがこれで亡くなっているのです。問題は、ここでいう「毎日の良くない生活習慣」とは、具体的に何を指しているかということです。
ひとつはっきりしていることは喫煙、それにあまり運動をしないで食べ過ぎる、過食から起こる肥満――良くない食習慣が上げられるでしょう。別の言い方をすると、食の西欧化です。これによって脂っこいものを多く食べるので、血中のコレステロールが多くなり、血管に沈着してそれが生活習慣病の原因になるというわけです。
しかし、喫煙が身体に良くない習慣であることはわかるとしても、食の西欧化が良くない習慣かというと、必ずしもそうとはいえないと思います。なぜなら、食の西欧化によって日本人の体格は昔に比べると格段と向上し、頑健な身体づくりにつながっているからです。
昔は粗食だったから、生活習慣病なんかなかった、日本人は昔の食に戻るべしという意見をいう人がいます。しかし、これはおかしな意見です。それでは江戸時代の平均寿命はどのくらいかご存知でしょうか。
寿命を決めるファクターは、衛生と栄養です。当時は衛生という概念がなく最悪の状態だったのです。したがって、人が最も高い確率で死亡するのは出産直後だったのです。そういうわけで、現在であればゼロ歳の平均余命が寿命ということになりますが、ゼロ歳を起点とすると、平均余命は10歳前後ということになってしまうのです。これでは統計上間違うので、15歳まで生きた人を起点に平均余命を調べると、江戸時代を通じて35歳だったのです。
昭和1O年代の平均余命は、男性48歳、女性50歳――それが現在では、男性78歳、女性85歳と飛躍的に伸びています。これは何といっても食の西欧化によって、動物性タンパク質の摂取量が増えた結果なのです。良くない食習慣というのはおかしいと思います。
●コレステロールは本当に悪役か
コレステロールとは、脂肪の一種です。食べ物として摂取されるし、脳内でも合成される物質です。このコレステロール――身体に良くない物質として認識されています。心臓に酸素や栄養を補給する冠状動脈が動脈硬化症によって詰まると心筋梗塞につながりますが、その詰まる原因がコレステロールであるからです。
したがって、高脂血症と診断されると、心筋梗塞を防ぐために血中のコレステロールを下げるコレステロール低下薬が与えられるのです。つまり、コレステロールは生活習慣病を引き起こす原因と考えられているからです。以来、コレステロールは、狭心症や心筋梗塞を引き起こす悪役のイメージが定着するようになります。
しかし、最近になって、コレステロールと死亡率の関係について新しい解釈が出てきたのです。コレステロール必ずしも健康の悪役にあらずという新しい考え方です。複数の研究結果を総合的に判断する方法を「メタアナリシス」といいますが、1990年にこの方法を使ってコレステロールと死亡率の関係を調べた学者がいるのです。
ミネソタ大学の疫学の教授であるジェーコブス氏は、19の研究結果についてメタアナリシスを行ったのです。その結果、次のことがわかったのです。
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心筋梗塞だけでなく脳卒中、ガン、その他の死亡率をすべて含めると、35歳から69歳の男性の場合では、血中のコレステロール値が160ミリグラム/デシリットル以下の人では対象群全体の死亡危険率を1とすると、1.2くらいになった。つまり、低コレステロールの人は2割ほど死亡率は高いのである。コレステロール値が増すとともに次第に死亡の危険率は低下し、160〜240までは大体同じくらいの死亡の危険率で推移、さらに240以上でも1.15くらいだった。同じ年齢の女性の場合は、さらにコレステロール値が160以下でも死亡の危険率は1.1くらいであり、その後コレステロール値が上ると直線的に死亡の危険率は低下し、240以上でも危険率の増加はないという結果である。
――高田明和著、『脳によく効く栄養学』より
朝日新書/朝日新聞社刊
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ジェーコブス教授の研究は、コレステロール低価薬――メバロチンが代表的――を使うと、確かに心筋梗塞の発症、それによる死亡率は下げることができるが、全体の死亡率で見るとあまり減らないのです。それどころか、コレステロール値を下げることが、全体の死亡率を高めるというケースも見られるというのです。生活習慣病の危険が連呼されている現在、これは重要な警告を含んだ情報であると思います。